実臨床の議論を図で整理!

病院薬剤師の立ち話①:誰がために眠剤はある

この項目は本職の病院薬剤師として思うところがあった時にたまに更新する雑記です。

若手薬剤師A
若手薬剤師A

入院してきた患者さんが眠れません。眠剤はどうすればよいでしょうか?

PHAL
PHAL

眠剤・・・?

若手薬剤師A
若手薬剤師A

患者さんが眠れないんです。眠剤の処方あったほうが良いですよね。

PHAL
PHAL

・・・。

病棟薬剤師が看護師や患者さんから眠剤の相談をされることは機会として非常に多い印象です。上の会話のような新しい眠剤の開始や、現在飲んでいる眠剤の相談があります。

このような相談を受けた場合、私(PHAL)は眠剤を開始することを前提には考えないように注意しています。

若手病棟薬剤師
若手病棟薬剤師

ああ、そっか。眠剤を選ぶ時は不眠のタイプが大切でしたね。患者さんは寝つきが悪いみたいです。短時間型か超短時間型が良いですか?

PHAL
PHAL

ZZZzz…

若手病棟薬剤師
若手病棟薬剤師

職務怠慢!

さて、ここでの若手薬剤師さんのロジックは合理的です。寝つきが悪い患者さんには作用時間の短い眠剤を選びます。しかし、上記の会話では睡眠剤を出す必要性が分かりません。こういった質問があった時、必ず次のことを確認するべきでしょう。

  • 眠れないという事実を誰が確認しているか
  • 『不眠』とは何か
  • 最終的に薬が必要な『不眠』であることを誰が判断したか

睡眠剤の処方量は世界水準でみても日本は多いといわれています。理由は簡単です。必要の無い患者にも処方されるからです。では、『必要のない患者』とはどんな患者なのでしょうか。

『眠れない』?それとも『眠らない』?

PHAL
PHAL

さっき、『寝つきが悪いみたいです』と言いました?それは患者本人に聞いたのかな?それとも病棟の他の医療スタッフから?カルテを読んで得た情報?

若手病棟薬剤師
若手病棟薬剤師

それはそんなに重要なことですか?

PHAL
PHAL

私はブログを夜遅くにこっそり書いています。遅いと2:00に寝て翌6:30には起床することがあります。不眠ですか?

若手病棟薬剤師
若手病棟薬剤師

不眠ですね。

PHAL
PHAL

たしかに・・・。でも、『眠らない』自分に薬が必要だと思ったことは今のところ一度もないです。『眠れない』と思ったことは無いので。私に眠剤は必要ですか?

若手病棟薬剤師
若手病棟薬剤師

患者さんが要らないと思っているのであれば不要ということですね。

これと同じことは度々、入院患者でも起こります。周囲から見て寝ない患者さんはいます。入院前から一人暮らしで夜型だった方。少しスマホを見ながら夜更かししている方。高齢者は生理的にも睡眠時間は減少します。

睡眠時間の少ない患者を見て周囲の人は『不眠』であると認識します。概ね6時間以下が目安となるでしょうか。しかし、これは絶対的な基準では無いです。私は4時間程度寝て翌日、普通に仕事をすることもたくさんあるし、そのような方もいると思います。

病院では理想的な生活を求めてしまいがちです。6時間以上の睡眠が理想であると医療者側が求めてしまうことがあるのです。背景の一つとして、病院内という集団生活の場で患者の夜の行動制限が必要になるという点はあるでしょう。しかし、それは必要性を感じて無い患者に睡眠剤を使用する根拠には、倫理的にも疾患の概念上もなりえないと考えます。

そのような場合の眠剤の処方は明らかに患者のためではなく医療提供者側の都合です。

『眠れない』患者であるのか、『眠らない』患者であるのかは睡眠薬を開始するか否か重要な要素と考えます。

では、『眠れない』ことを訴える方が必ずしも眠剤の必要な方になるのでしょうか。

『不眠』であることの問題点を正しく認識する

・・・1時間後

若手薬剤師
若手薬剤師

本人に聞いてきました。やっぱり患者本人が寝つきが悪く5時間程度しか眠れないようです。

PHAL
PHAL

ZZzz……ハっ!

あぁお疲れ様です。患者さんは眠れないんだね

若手薬剤師
若手薬剤師

(あ、この人やっぱり不眠だな)

はい。患者さんが眠れないと訴えていますが眠剤はどうしましょう。

PHAL
PHAL

繰り返しますが、私は寝るのが短いですが、眠剤はいりません。飲んでしまうと多分実害もあります。どんなことでしょう?

若手薬剤師
若手薬剤師

はい?あぁ眠剤を使ったら次の日効果が持ち越して、眠くて仕事にならないかもしれませんね。

PHAL
PHAL

そうですね。その患者さん、今の不眠の状況が日中の行動に障害がでるほどなのだろうか。不眠であることの行動障害と、眠剤による行動障害、どちらも考慮する必要があるでしょうね。

「『不眠』を訴えている」という言葉は単に睡眠時間が短いことや夜中に起きているということで使われます。しかし、これだけで眠剤が必要であることの条件は満たしません。

前項でも少し触れていますが、不眠であることそのものがどんな実害があるのでしょうか。確かに、ホルモンのバランスや将来にわたる慢性疾患等のリスクになりうるという報告はあるようです。一般的に睡眠時間の確保は重要でしょう。

では、睡眠時間の確保を睡眠薬で達成することが必ずしも良いことなのでしょうか?睡眠薬による副作用(翌日のふらつきや眠気、ボーっとした感じ、それらによる転倒のリスク。せん妄のリスク。長期内服による認知機能への影響)などを考慮する必要があるでしょう。

特に、高齢者の転倒は重大です。骨粗しょう症が背景にある方には骨折、頭部を打撲した場合は慢性硬膜下血腫などの可能性があります。これらは入院の長期化を引き起こすだけではなく、場合によっては活動力の低下により、そのまま自立して歩けなくなるような方までいます。

また、睡眠薬を使った場合の脳波は、健常な方の自然な睡眠と比べるとかなり異なります。単純に睡眠時間を確保できることが、日中の生活の改善にはつながらない場合があります。

『治療が必要な不眠』とは、睡眠のバランスが崩れ、日中の生活・行動に影響して困っていることがあることと考えられます。

眠剤の必要性の判断は誰がするのか?

ではここまでの話を前提に再度、病院である患者に眠剤の処方を考える時、処方の必要性を判断するのはどんな人がいるでしょうか。概ね、次のような方々が考えられるかと思います。

  • 医師
  • 看護師
  • 患者家族など(介護者)
  • 病棟薬剤師
  • 患者本人

医師の場合

まず医師が判断することを考えます。多くの精神科以外の医師にとって、患者の不眠の訴えは現在、その患者の主となる疾患の治療ではありません。眠剤が血圧や血糖といった値を下げたり、その他疾患を治す方向に働くことはないでしょう。経験上、医師が積極的に眠剤の必要性を判断せず、患者本人や、他の医療スタッフからの睡眠状況を聞いて機械的に眠剤を処方している場合もあります。

特に患者から言われた場合は、『患者本人の訴え』が”不必要な処方の免罪符”になることもあるでしょう。

しかし、本当に患者さんのことを考えれば、その方が眠剤を使うことのリスクを説明し、使わないほうがその方のためになるということは少なくないです。もし、あなたがそのように医師に薬の処方を断られたことがあれば、その医師はとても真剣にあなたの生活に向き合ってくれていることでしょう。

念のため、もちろん本当にその必要性を判断して処方をしてくれる医師もいることは前提であることを付け加えておきます。

看護師や介護者の場合

看護師や患者家族など(介護者)は入院患者の夜に最も近く関わる職業です。眠れない患者を最も身近で見ており、その言葉には信憑性がありそうです。

しかし、一点注意が必要です。困っている主体が患者本人ではない場合があります。夜勤という厳しい勤務状況で働くスタッフにとって、思うように眠らない患者は仕事上の悩みのタネになりがちです(もちろん、それを表面上出すことも無いのはプロ意識の証だと思います)。患者主体ではなく、看護師の気持ちとして『眠ってほしい』場合が現実には多々あります。

もちろん、これは必ずしも無視してよいものでは無く、夜の疲弊が看護(または介護)全体の質の低下となることもあります。この当たりは慎重にその利点と欠点のバランスを考慮する必要があります。

薬剤師の場合

病棟薬剤師が判断するには十分な注意が必要です。看護師や介護者と比べて患者の睡眠に直接関わる機会はほとんどないからです。

実際の寝つきや夜間の起床回数を自ら確認できることはかなり少ないです。周囲から聞いた話の正確性をよく吟味する必要があるでしょう。

ただし、日中の活動性については薬剤師も確認することはできます。少なくとも眠剤の種類の相談や処方された患者がいた場合は、ベッドサイドに向かいご本人に確認する必要があるでしょう。

患者の場合

では患者の判断はどうでしょう。

実は患者の意思をそのまま信用するのも危険があります。いくらかの患者は前項で記載した『不眠であることの問題』である日常への影響まで意識がない場合があります。

特にメディアなどで6時間以上の睡眠と健康との関連などが取り上げられると、単純に睡眠時間が少ない=眠剤欲しいなぁとなりがちです。

結果として不要な眠剤を飲み、普段の生活にむしろ悪影響が出ることがあります。

眠剤のリスクと不眠による患者本人の生活への負担を理解していただいたうえで薬の開始の可否を判断してもらう必要があるでしょう。

まとめ

若手薬剤師
若手薬剤師

あの後、いろいろ患者さんと話し、薬のリスクも説明しました。確かに入院前よりは寝る時間が減っているけど、日中、眠いわけでもないから今回は薬は要らないとのことです。

PHAL
PHAL

うん。眠剤は正直、医師にとっては直接的な疾患の治療薬ではないし、他の医療スタッフあるいは患者さんの正しい理解が薬の適正使用につながると思う。

若手薬剤師
若手薬剤師

そうですね。今まで患者さんや看護師さんから相談されて何となく薬を紹介していましたが、まずは必要性からしっかりと周りのスタッフと相談して決めたいと思います。

  • 患者からの眠剤開始の相談は多い
  • 中には看護師のための眠剤処方もある
  • (必ずしもそれが不必要な場合ばかりではない)
  • まずは患者自身に睡眠不足による生活上の問題点を明確にしてもらう
  • 薬の前にできることを考える(日中の睡眠制限、夜間のリラックス法など)
  • ↑今回は説明していませんが、治療上はここが最も重要になります。
  • 眠剤は本当に必要な患者に必要な量を!

参考文献

1.高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015(日本老年医学会など)

2.睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン(日本睡眠学会)

3.内科医のための 不眠診療はじめの一歩〜誰も教えてくれなかった対応と処方のコツ(羊土社 編集:小川朝生ら)

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